旧川上貞奴邸は、日本初の女優である川上貞奴と、福沢諭吉の娘婿で「電力王」と呼ばれた福沢桃介がともに暮らすため、大正9年(1920)に名古屋市の旧双葉町に建てられた。設計施工は、わが国の住宅に大きな影響を与えた住宅会社「あめりか屋」である。
洋館部分はすでに取り壊されていたが、解体に先立つ調査により、現存する建物も昭和13年(1938)に建築家丹羽英二によって改築されていたことが判明した。その改築部分には、取り壊された洋館の材料が造作材を中心に転用されていた。
復原は、当時の写真と川上貞奴の関係者への聞き取りを検証しながら試行錯誤を重ねて進め、内部の意匠や確証のない部分については、同時期の「あめりか屋」の類例などを参考とした。創建当初の建物が残されていた中央の2階建部分は文化財に準じた復原を行い、失われていた洋館部分は資料に基づく推定復元である。
現在は「文化のみち二葉館」として公開されている。